初出 田崎清忠主催 Writers Studios 2019年 10月3日 |
散策思索 16 Denmark 探索04 -Mette in Odense (オデンセのメッテ) |
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Denmark 探索04-Denmark探訪 (4) “Mette in Odense” (オデンセのメッテ) 北田 敬子 「お財布持ってくるの、忘れたみたい」と娘が言い出した。 前日にステイ先に午前中の到着予定をメールしたところ、「その時間に私は仕事で家におりません。もし荷物だけ置いて出かけたいなら、黒い門を開けて庭の隅にある屋根の下にどうぞ」というメッセージがホステスのMetteから届いた。住所を頼りにOdenseの駅からバスに10分ほど乗ったところで降りると、瀟洒な宅地が広がっていた。ゴロゴロとスーツケースを押しながらここか、あそこかと目指す家を探す。ホテルに投宿すればそんな面倒は省けたろうが、これも「探索」の醍醐味である。 ここだ!もちろん看板などは出ていない。住所表示と表札でそれと確認できるだけ。確かに「黒い扉」があった。掛け金を外すと扉は難なく開き、そこは目の覚めるような芝生と木立に囲まれた庭。「わー、これが民泊のお家?なんてきれいな!」と思わずため息が出る。片隅の屋根の下には自転車や洗濯物干し、園芸道具などが無造作に置いてあり、私たちがスーツケースやリュックを並べても安心・安全なのは一目瞭然だった。重たい荷物から解放され、手回り品だけ入れたショルダーバッグを各々背負った時、娘はリュックの中から財布をバッグに移すのを忘れたらしい。私たちは夕刻までゆっくり街を散策するつもりで、意気揚々と黒い扉を出たのだった。 一旦戻って再び黒い扉を開け、リュックから娘は無事に財布を取り出した。やれやれと、今度こそOdenseの市内中心部に点在する名所を回るべく、扉の外に出たところで私たちは精悍で温厚そうな一人の男性に出会った。彼は私たちをじっと見て、「ようこそ、私はMetteの夫です」と名乗った。ああこれが「もしかすると夫が昼頃一旦家に戻るかもしれません」とMetteのメッセージにあった方だと理解した。突然自分の庭の扉から見知らぬアジア人の女が二人出て来たのに戸惑いも見せず、落ち着き払っての挨拶。握手し、「後ほどまた」と別れて、私たちは同じ道を街の中心地へ向かった。 宿泊地から市中まではせいぜい30分余り。前日のHelsingørに比べればOdenseは都会だ。Andersenの関連施設が集まる一画には観光客がぞろぞろと行きかう。古さにおいてもこじんまりした佇まいにしても、心和む雰囲気が漂う。子供時代に親しんだAndersenの童話とこの街を結び付けて訪れる人々の夢を裏切らない。本来ならその目玉の一つ、「H.C. Andersen博物館」は目下リニューアルのため閉館されており、展示物は臨時に「Odense Koncerthus―コンサートホール」にスペースを設けて公開されていた。 Andersenの子供時代の家で、受付に座る年配の女性から、私はこう話しかけられた。 目抜き通りを一巡し、Andersenの展示を見て回り、 Møntergården(市立博物館)でFyn島の歴史や文化に触れ、石畳の敷き詰められた路地を徘徊するうちに、さすがに疲れてきた。余り遅くならないうちに一旦宿で正式にチェックインしておいた方が良いのではないかと、私たちは来た道を再度住宅街に戻ることにした。この頃には街の凡その地理が頭の中で描けるようになっていた。 Metteは知的な雰囲気の女性だった。私たちが通されたのは半地下のリビングルームにベッドルームがつながる広々した二間で、専用のお手洗い、洗濯場の中にカーテンで囲われたシャワー、タオルにドライヤーなど、一泊には十分すぎるほどのしつらえ。一通りの案内の後、彼女が「どうぞご自由に」というのを引き留めて、朝食の有無や近隣の食事事情などを尋ねると、「朝食サービスはありません。近くにはいくらでも良いレストランやマーケットがあります」との答えが返ってきた。やはり”b’b”とはいえ、breakfastは無いのだった。 |
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