初出 田崎清忠主催
Writers Studios
2019年 11月12日

散策思索 18

Denmark 探索06

-Hygge in Aarhus-2

(オーフスでヒュッゲ-その2)

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Denmark 探索06-Hygge in Aarhus-1(オーフスでヒュッゲ-その2)

北田 敬子

(承前)
鹿のいる森の陽だまりでゆったり寛いだ後、Jacob一家は私たちを海辺に連れて行った。海水浴客が砂浜に寝そべる様子を丘の上からぼんやり眺めていると、にわかにバスが何台も到着し、大勢の若者たちが下りて来て賑やかなイベントが始まった。ベディアによると「学生のオリエンテーション行事らしいわ」とのこと。どうやら既に大学は新学期に突入しているようだった。飲み物や食べ物が回され、リーダーらしき人が拡声器でしゃべる。歓声が上がり、笑いがはじけ、たいそうなはしゃぎぶりだ。日頃似たような若者たちに接しているはずのJacob、ベディア、そして私も苦笑せざるを得ない。退散しようということになり、海辺のhyggeは早々に終った。

車はベイエリアに向かう。ハーバー脇の店で大きなコーンにたっぷりアイスクリームを盛ってもらい、私たちは海を見ながら食べた。さらに最近開発が進む海浜のマンション群へ移動し、瀟洒なデッキを散歩した。ベイエリアにはおよそ伝統的なデンマーク建築は見当たらず、斬新なデザインの建物が立ち並ぶ。実は彼らもその地域に踏み込むのは初めてだということで、抜け道が見つからずにマンションの駐車場へ入り込んでしまい、「なんてこった!」などとつぶやきながら、迷路のような小道をさまようというおまけまでついた。いかにも高価な、リゾート風の、奇抜なデザインが目を引く。さすがにタワーマンションはない。日本で言えば中層の建物がそれぞれ自己主張しており、デンマークの古い街でお馴染みの形、色、素材を揃えた街並みとは180°違う。やはり、そのような需要もあるということか。

夕日に背中を押されるようにして、Jacobの車はAarhus郊外の自宅へ戻った。その晩はベディアが得意の料理の腕を振るい、Ingerも招いて夕食を共にすることになっていた。「台所は任せてIngerとお話ししていて」とベディアに言われたのをよいことに、私は車で到着したIngerの隣に座り、前日の話の続きをしようと試みた。だが、他の人たちが周りで動き回っていると当然、「折り入った話」も「込み入った話」もできない。娘はAnna Hazelの描いた絵を見ることになった。しかし、仕事で絵を描く人間と中学生では意気投合とはいかず、こちらもどうやら歯がゆい思いをしている様子。それでもそれぞれが最善を尽くし、ようやくダイニングテーブルの周りに座った。

ベディアはトルコとデンマークの家庭料理に独特のアレンジを加え、スパイシーでエスニックな皿を豪勢に並べた。彼女自身はイスラム教徒だけに(デンマーク特産の)豚肉はない。代わりに魚介類やチキンはふんだんに、色とりどりの野菜も所狭しと。中でも私が特に美味だと思ったのは、トルコの伝統料理だというトマトペーストだった。塩味と酸味が程よく効いて、サラダにも肉料理に取り合わせても、パンに塗ってもいける。聞くところによるとトマトをよく日干しして、漬け込んで作るのだという。日本で言えば梅干しの類か。どうやら一朝一夕に用意できるものではないらしい。その複雑な味わいにデンマークの食卓で出会えたのは奇遇だが、「社会の多様性」の実例であるように感じられた。

再び夜道を一人で運転して帰るIngerを名残惜しく見送った後、Jacobとベディアと私たちは居間のソファに座って翌日からの予定を語り合った。Aarhusにはいくつもの博物館や美術館がある。わけてもMoesgaard Museum(考古学・民族学博物館)とARoS Aarhus Kunstmuseum(アロス・オーフス現代美術館)は見逃せないという。では是非に、という話の流れになるうち、その先のことも話題に上った。当初はIngerが私たちと一緒に車でAarhusからユトランド半島の先端を目指し、Aalborgで彼女の妹と合流して一緒に半島の突堤Skagenを見物しに行こうということになっていた。但し、実際Denmarkに来るまで予定は未確定だったので、私はAalborgに予約した民泊をキープしていた。

果たして、Ingerに会い短時間ながら忌憚のない話をしてみると、彼女の意欲と現実の体力・気力にはかなりギャップがあることが判明した。けれども「一緒に」と提案した手前、Ingerは自らそのプランをキャンセルしようとは言い難いのも理解できた。そこで、私たちだけでSkagenを目指すと申し出ると、Jacobが列車のコネクションを詳しくネットで調べてくれた。その結果、かなり困難なスケジュールが浮かび上がった。時間が足りない。

みんな押し黙ってしまった。そこに、おずおずと娘が日本語で切り出したのは「Aarhusの滞在を一日切り上げて、Aalborgに二泊すればSkagenへ行けるのでは?」というプラン。ベディアは「そんな、せっかく来たのに」と引き留めようとしたが、Jacobは「それが良いと思う」と決然と案を支持した。そこからは手分けしてのスケジュール変更。Jacobは息子にしかできない言い方で、Ingerに電話で事情を説明する。私は予約サイトから民泊の宿をキャンセルする。娘はAalborgの手ごろなホテルを物色して二泊分予約する。ベディアは「今のうちに洗濯を!」といって、私たちからごっそり洗濯物を受け取って地下へ。またしてもDenmark流Hyggeのひと時は慌ただしい実務の時に変わってしまった。

そんな騒動の挙句、翌日がAarhusでの滞在最終日となった。だが、Jacob一家は歓待の手を緩めない。翌朝も早くから車で出発。再びAnna Hazelをガイドに、私たちは前日決めた通り、Moesgaard MuseumとARoS Aarhus Kunstmuseumをみっちり見学した。前者では最新技術を縦横無尽に駆使した展示(中には泥炭の中で腐食を免れた紀元前の人間の遺体もあった!)に圧倒され、後者では中学生に「ポルノとアート」という特別展を案内されるサプライズもあったが、虹色の円形ガラスに覆われた屋上回廊展望台から俯瞰する街は壮観だった。

Aalborgへ行く列車を待つ間Aarhus駅前でケバブをかじっていると、娘が「あっ!」と叫んだ。雑踏の中から現れたのは笑みを浮かべたIngerだった。Jacobとしめし合わせたのだろうが、この意外な登場に私はいたく感激した。もう会えずにAarhusを去るのかと覚悟していたのに、見送りに来てくれるとは!私たちはホームでInger、Jacob、ベディア、Anna Hazel全員と別れの挨拶をした。なにやら古い映画の一シーンのようだった。列車の窓ガラスを挟んで目配せしたり、手を振ったり。

姿が見えなくなってからも、私は友人たちのことを考え続けてていた。Hyggeを十分に体験したとは言えないけれど、Denmarkの人々の厚情を深く味わう機会に恵まれた幸いを。


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