初出 
「図書新聞」3724号
2026年 2月21日

書評・評論

杉村藍著
 

『語りとヴィジュアリティ 

シャーロット・ブロンテの一人称小説を読む』

 

 
春風社  2025年12月12日発行

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書評・評論


杉村藍著
『語りとヴィジュアリティ 
シャーロット・ブロンテの一人称小説を読む』
A5版276頁 本体4000円
春風社

北田敬子

シャーロット・ブロンテ(1816-55)の小説に親しんだ数限りない読者へ、そしてこれから入門しようとする未知の読者へ、この作品は彼女の一人称語りの三小説『教授』(1857死後出版)、『ジェーン・エア』(1847)、そして『ヴィレット』(1853)をあらためて端正な筆致で読み解いていく指南書と言えるだろう。これまでにもシャーロット・ブロンテは数多の読み手によって分析・解説されてきた。伝記的観点、精神分析的視点、ポストコロニアル文学、そしてフェミニズム批評、その他の様々な取り組みに今なお語りつくせない話題を提供し続けている。杉村はそこに「語りとヴィジュアリティ」双方同時に注目するという切り口で参入し、斬新な議論を展開する。

本作は簡潔で平明な文章で書かれてはいるが、博士論文を発展させたものである性質上、研究論文のスタイルを堅持し先行研究の律儀な紹介を怠らない。ブロンテファミリーの命運を辿り、一家の生きた一九世紀・ヴィクトリア朝を概観し、シャーロットが小説に練り上げることになる時代背景や作家の個人的な経験への目配りにも抜かりが無い。そして小説を如何に語るかというシャーロットが拘った手法のひとつ、主人公に一人称で語らせることへとこと議論は集約されていく。

だがその手法で常に成功作が世に送り出されたわけではない。三作を比較しながら、リアリズムの本格小説となるはずだった『教授』が失敗作になった原因を、シャーロットが男性主人公クリムズワスの内面を描ききれなかったことにあると杉村は論証している。シャーロットには男性の内面を赤裸々に表現することは難しかったのだと。

それに比べると『ジェーン・エア』が読書途中で本を閉じることが出来なくなるくらい面白い物語であることは論を待たない。杉村は同時代人の作家サッカレーが自分の原稿締め切りを脇に退けてまでこの小説に読みふけったというエピソードを紹介する。シャーロットはジェーンが、「観察する力」と「聞く力」のフル装備によって情報を収集し、ことばを封鎖されていた少女時代から言語表現のヘゲモニーを握り、ついに重婚罪を犯しかねなかったロチェスターの妻であり究極の介護者となるまでを、息もつかせぬ大展開で一人称の主人公に語らせる。『ジェーン・エア』の持つ語りの勢いは破格である。「身寄りのない、貧しい、不器量なガヴァネス」はジェーンでありシャーロットでもあると結論付けられている。

そして作品を完成させるもう一つの要点は、シャーロットの絵画への造詣にあると杉村は述べる。「ヴィジュアリティ」、すなわち読者の目の前にイメージを繰り広げることの出来る才能、このことは「エクフラシス」という用語―言葉による視覚的表現の描写―を通じて詳述される。シャーロットは小説家を志す前は画家になりたくて、模写を中心とする絵画修行を積んでいた。それに限界を感じて路線変更をしたシャーロットは、しかしながらものを丹念に観察し描写する技を身に付けた。幾度も引き合いに出されるトマス・ビューイックの『英国鳥類史』にある木版画が如何にジェーンの感性に訴えたか、ジェーン自身の描いた三枚の絵が何を示すのか、それはとりもなおさず作家シャーロット・ブロンテの作品造形の秘密を解き明かす重要な論点となっている。

『ヴィレット』については長年の論争である曖昧な最後をめぐる解釈が中心となる。語り手である女主人公ルーシー・スノウがようやく手に入れかけた幸福、相思相愛となったムッシュ・ポール・エマニュエルを乗せた船が難破したという事態に、最終的な締めはない。杉村はその終わり方を「(文学慣習に倣った)主人公たちの幸福な結婚という結末を書かないこと」の意味として重視する。これは彼の死を否定する余地を残した物語なのだと。その様にした訳をシャーロット自身の度重なる不幸(弟妹たちの相次ぐ死去やそれに伴う本人の不調)と執筆時期が重なった史実を結びつけている。『ヴィレット』において光と陰を対比させる手法が明記されていることは見逃せない。冒頭から幸福感に満ちて光り輝くポーリーナと、理性によって感情を抑圧して生きるルーシー・スノウの造形を、陰あっての光・光あっての陰、とヴィジュアリティの効果を最大限に認め、「影のように生きる主人公の誕生」と分析する。

学術論文を基調とするこの作品は、杉村のブロンテ姉妹の故郷ハワースへの度重なる訪問、イギリスでの専門家との共同研究、図書館や記念館での第一次・第二次資料への丹念なアプローチなどを経て執筆されたという。根底にシャーロット・ブロンテへの冷静かつ情熱的な深い愛着があって初めてなる論考との印象が強い。いずれ続編が出ることであろう。一九世紀のイギリス文学が過去のものではないことを十二分に示唆する書籍である。

【註】
「図書新聞」掲載の文章は縦書き。年号は全て漢字表記。

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