徒歩記 3
東京の町歩きがこの頃ブームになっている。「近旅(ちかたび)」と呼ばれて首都圏の名所旧跡、洒落た町並み、公園などが次々に雑誌で取り上げられ、トーキョー・ウォーキングのカラフルな案内書が書店に並ぶ。それまでどうということもなかった下町の商店街や坂道、その辺の食堂がスポットライトを浴びる。イラストに描かれ、うまいアングルで写真に撮られると、特別な場所に見えてくるから不思議だ。過密都市、非人間的都会、トーキョー砂漠はどこへ行った。そういえば営団地下鉄も「東京メトロ」に変身して以来、東京観光に熱心だ。「メトロ文学館」という企画で乗客から詩など募集している。採用作品は美しい写真と組み合わせて車内の吊り広告、構内ポスターとなって発表される。満員電車に揺られる乗客にひとときのロマンをというらしい。何となくこそばゆい。 ある日東京の西部を走る私鉄の吊り広告を眺めていた私は、「玉川上水を有森裕子さんと歩こう」というコピーを見てビックリした。有森さんといえばあのアトランタ・オリンピックの銀メダリストにして今や国連人口基金の親善大使。たいへん有名なアスリートである。その彼女が、玉川上水縁の道を一般の人々と歩くという企画だ。このところ武蔵野界隈でもスリー・デー・マーチが人気を呼び、毎年五月には各地から大勢の人が集まる。有森さんはどうやらその目玉らしい。玉川上水緑道よ、おまえもか。普通の散歩道から一躍世界の散歩道へ躍進だ。「玉川上水を世界遺産に」という文字を見たこともある。知床や熊野ならともかく、それはちょっと大胆すぎる提案じゃないかと、私は目を伏せたのだが。 でもちょっと待てよ、とも思う。その土地に住んで長いと逆に見えなくなることも結構多い。そう謙遜したものでもないのかもしれない。アメリカからわざわざ有森さんが歩きに来てくれるから言うわけではないが、玉川上水が愛すべき場所であることに変わりない。スリー・デー・マーチの頃は急にウォーカー人口が増えてラッシュ状態になるので出るのを控えるものの、私はしばしば玉川上水緑道を歩く。それは十代後半から今に至るまで変わらない私のささやかな楽しみである。当然ながら東京は都心の繁華街だけで出来ているわけではない。自然の景観が極端に少ないことで悪名高いこのメガロポリスにもしたたかに生き残る緑地があり、玉川上水はその貴重な一例だ。 |
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