風のたより

8. ことばのおもり

まちがいだけを数えていても人の心をなぞれはしない
教えておくれ止まない雨よ本当は誰を探しているの
あぁ この果てない空の下で
何一つまちがわない人がいるだろうか

中島みゆき 「たかが愛」

人は年をとる毎に無邪気なことばとは無縁になっていくもののようです。大人なら人との間をうまく計りながら、無難にしかも誠実に世間を渡って行かなくてはならないのに、どこかで何かが掛け違うとことばが一人歩きしていつしか暴走し、心とはかけ離れたところで人を傷つけたり、幾重にも自分の愚かさを晒したりしてしまいます。間違いはあって当たり前のものだとしても、何度も同じ過ちを繰り返す自分には流石に愛想が尽きかけます。しっかりとその過ちを指摘してくれる人に感謝こそすれ、暴言を返すとはもってのほか。だのにつまらない見栄が邪魔して、気がつけば余計に溝は深まるばかり。「今度こそ」と思いつつ、無駄なことばを重ねて墓穴を掘る自分を見るのは辛いことです。こんな時には誤解を恐れず沈黙を保つのが賢明なのでしょう。もう遅いのかもしれない。回復不可能なのかもしれない。人間の世界では「リセット」は容易なことではありません。けれど心の一番深いところの叫びに静かに耳を傾けるなら、やはり大切なものの復活を切望する声が聞こえてきます。その気持ちを伝えるのは容易ならざることです。ことばを過信せず、時至るのを待ちましょう。そのために自分の辿った心の軌道を一人で黙って書き出してみたいと思います。曖昧すぎて意味不明の箇所は全部読み飛ばして下さい。何も残らないかもしれませんね。ことばのおもりを感じて、そのおもりを外すために私には必要な一ページなのですが。



            大人げの無きこと痛み幾日を無言に過ごす枯野歩めり
            
            親しみの名ならず若き牙をもて愚かと呼ばれ鏡に見入る
            
            パソコンに添わぬ我が身の情けなく捨てる海無き都会に迷う
            
            戯れ言を笑い飛ばせる意気無くて水底にあり涙は要らず
            
            ことばとは重たき人の心なり否されて後我が胸に棲む
            
            不合理な我を自ら解体す手帳開きて文字となしつつ
            
            期待無き朝降る雨に真向かひてひと日の長さ噛みしめており
            
            秋の葉は色に染むると誰か言う深き緑のままにまた落つ
            
            しゃがみ込み枯れ葉集むる指先のマニキュア残る熱の色かな
            
            壁厚き人の心の空漠に触れむとすれば断崖に立つ
            
            秋冷が氷と変ず一刻の間に焚く枝木街人に無し
            
            年の瀬の深き疲労をため息に込める人有りことばかけえず
            
            いつかまたまみえることもあるだろうとじたとびらはたたかずにゆけ
            
            ことばもて近づき過ぎて砕け散るあえなき絆呼ぶ名とて無し
            
            天秤のこちらの皿に載せすぎたことばこぼれて人の去りゆく
            
            歌姫の夜の舞台に溢れ出ることばことばの海に溺れぬ
            
            末席の券握りしめ歌を聴く今宵一人の女に還り
            
            楽の音を全霊に浴びおぼろなる明日の糧とす一粒の麦
            
            夜の街に群れる人波さらい行く我が小舟なる魂の音
            
            余韻消すことばの刺に血を流し満員電車揺れて痛みぬ
            
            怒りもて我を撃ちたることばより心をえぐる静寂の闇
            
            掛け違い愚かに齟齬を重ねたりことば埋めて沈黙に入る
            
            冬枯れの小径歩めり全身に重たきことばぶら下げたまま
            
       やはらかく湿る枯れ葉を踏みしめて人語無用に野鳥の森

            伝えたきことありされど断ち切れしライン果てなく虚空に揺れる
            
            包丁を砥石に当てた指先が知る鋭さのことばを受けぬ 
           
            年を越え新生の日を待ちながらことば鎮めて自我を離れむ

      夜の底にことば送らず美しき画像細工すただ我のため

      幻は虹の色なり一足を踏み出せば失せ手にも触れえず

      静まれと光れと諭すみずうみの底よりうねることば寄せ来る

      生活のことばに非ず夢に見て深き襞なる心を知りぬ

      武蔵野の林は衣脱ぎ捨てて肢体眩しき厳寒の朝

      虹雲というのと示す娘なり心ことばに曇り無きかな

      落日のオレンジ沈む街の端に潰れた夢の汁が流れる

      乙女らとパソコン囲み中食も忘れ憂いも削除・リセット
   
      「食傷」と「辟易」と刺す寸鉄の漢字書けるかワープロ無しで

      十八の頃を覚えて書いた詩の印字たどればいまだ十八

      曖昧なことば指弾し「字の無駄」とゴミ箱行きの我がメールらし

      立春に頭かかげて潔く風に散らせよ古きことばは

       

次のページへ

風のたより 目次に戻る

ホームに戻る(Back to Home)