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徒歩記 2 

本郷の四季」

--Hongo Wonderland--

9

猿回しの青年は威勢よく猿に指示を与える。半被を着た猿は心得た調子で でんぐり返りを打ったり飛び跳ねたり、台の上で曲芸を披露したりする。長い綱を腰に巻き、 その綱の伸びる範囲でしか動けないのだけれど、いかにも自在に見えた。人々はぐるりと円になって立ち、やんやの喝采をする。猿にはツツジなどどうでもよかったろうし、お客も花より 猿に気をとられていた。人とそっくりな猿の仕草に夢中になるうち、空が陰ってくるとどこか うらさびしさが漂った。すべての見物人がお代を払ったとは思えない。中には気前よく千円札 を猿の差し出すザルに入れた人もいたけれど、私はついぞ出しそびれた。円の一番外側で見てい たことだけがその理由だったのではないような気がする。千津子さんと私はそっと輪を離れ、表通りの甘味屋へ向かった。そこも彼女が私を案内したい場所なのだった。

千津子さんが卒業してしまってからも私は毎年ツツジ祭へ行く。あれ以来一度も猿には出会わない。私はツツジの写真ばかり撮るが、名前を記録してくるのを忘れるので、典雅なツツジの名前は一向覚えられない。

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