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散策思索 13 Denmark探索 01 -Rejsekort (ライセコート) |
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Denmark 探索01-Rejsekort (ライセコート) 北田 敬子 日本の盛夏を過ぎる頃、Denmarkを再訪した。初回は1987年3月末の、未だ雪と氷に固まる寒い季節だった。当時Denmark第二の都市Aarhusの大学に滞在して研究生活を送っていた夫に会いに行きがてら、私も未知の国を数日旅した。今回は娘との二人旅。亡夫の友人を訪ねる旅でもあった。僅か10日間ながら、この度のDenmarkでの体験と印象を数回に分けて綴ってみたい。 旅は準備の段階で始まる。それにしても「旅支度」も様変わりした。そもそも勤め先からもらう有給休暇を集めて10日間をひねり出す娘と、定年退職後に時間的余裕を得た母とでは、旅程の効率に対する意識が違う。私が昔ながらの流儀で『地球の歩き方』を開き、大型の地図を眺めながら悠長に回るルートや滞在ホテルの候補を探している傍らで、娘はスマホ片手にさっさと航空券を予約し、ホテルの候補を列挙し、行ってみたいレストランや土産物屋まで探し出してマークする。なんと情緒のない、と嘆息する私に「グズグズしていると旅券もホテルもハイシーズンにはすぐなくなるから」とにべもない。 確かに友人宅にお邪魔する3日間を除いて、滞在するホテルを確保するのが先決だった。私は一度“Airbnb”を利用してみたかった。その昔、Bed and Breakfastを転々としながら単身Irelandを旅行したことが忘れられず、現地の民家に泊まり朝食を味わい、土地の人と話をする機会を得るのが旅の大きな魅力だと思っていた。ホテルだけに泊まるのは惜しいような気がする。効率と安全を優先する娘と話し合いの末、OdenseとAalborgでそれぞれ一晩ずつ「民泊」することで私たちは合意した。 さてそうなると、今度は私もスマホで宿探しである。そこでまた驚いたのは、ズラリと出てくる宿の候補に、星取表が付き滞在経験者のコメントが延々と続いていることだった。要するに消費者レポートを読んでから、宿をとるのは今やネット通販と同様に「世界の常識」になっている。しかも、民泊のオーナーには「スーパーホスト」というステータスまであり、「ここなら間違いありません」という太鼓判になっていた。もちろん「駅近」「清潔」「ペット可」などという条件も色々ある。予約サイトには「ホストと連絡を取りましょう」のフォームも用意されていて、事前の質問やアドバイスの求めにも応じてくれる。スーパーホストの要件の一つが「即レス」(迅速な対応)にあることも分かった。 私も早速いくつかの候補に連絡を取ってみた。さらに驚くべきは記入フォームに自国語で書き込んでも相手方には現地語の(自動)翻訳が届き、逆もまた同様であること。英語ならお互い何の問題もなく直接交信できる。宿泊先の条件に使用可能言語の欄もあった。かくてOdenseではMetteさん宅へ、AalborgではDorotheさん宅へ滞在することが決まり、その場で宿泊費用の決済も済んだ。それぞれと何度かメッセージも交わし、かつて現地のInformation Officeでハラハラしながら宿を探したのとは隔世の感がある。これが新手の“hospitality business”というものかと、目からうろこだった
その次に考えなくてはならないのが旅の足。拠点から拠点への移動手段として、Denmarkでも(特にCopenhagenでは) 鉄道・地下鉄・バス・船舶が活用できる。とはいえ、乗車の度に切符を買うのは煩雑だし費用もばかにならない。インターネット上に載っていたアドバイスのうち、私たちの目に留まったのはREJSEKORT(ライセコート)というプリペイドカードだった。これにもいくつかの種類があり、最も経済的なのがFlex REJSEKORTであった。旅行者が直接手に入れることはできず、現地の人が購入したものを貸与されることでしか使えない。あらかじめ現地のアカウントに投入されたデポジットから運賃が引き落とされていくシステムだ。概要が分かったところで友人にメールで相談すると、このカードを届けるためだけに、友人(母)IngerがわざわざAarhus近くのHinnerupから私たちをCopenhagen Airportまで迎えに来てくれることになった。彼女はきっと私たちが到着直後はあれこれ戸惑うに違いないと考えてくれたのだろう。(彼女自身3度来日の経験がある。最初は50年以上前の新婚旅行だったというから筋金入りである。) 私たちの立てたプランは、最初の3日間をCopenhagenで過ごすというものだった。3日目に足を延ばした郊外のHelsingørも含めて、ここでは到着二日目に購入したCopenhagen Cardが威力を発揮した。これは誰でも購入可能なカードで、市内全域と近郊への移動、宮殿・博物館・美術館などの公共施設への入場にすべて使える。(Tivoli公園などへの入場は一回きりという制限もある。) そして、いよいよCopenhagenを離れる段階からREJSEKORTが活躍した。しかし、あんなにIngerから注意されたのに、私たちは正しい列車に乗り込むことにばかり気を取られて、REJSEKORTを乗車ポールにタッチするのを忘れた!思い出したのは列車が動き始めたときである。愕然としているところへ検札が来た。この後もずっとそうだったが、Denmarkではどの路線でも厳しい検札が必ずやってくる。通常、車掌はスマホを大きくしたようなモバイルギアで乗客のチケット(たいていは何らかのカード)をチェックする。すんでのところでこちらの事情を説明すると、難しい顔をした車掌は「そりゃまずいね。でも私がここでできることはない。どうしたものか。そうだ、次の駅で降りてプラットホームでタッチすれば、そこから乗ったことになる。どうです?」とのご託宣。 パスポートと財布、スマホとポータブルWi-Fiを身に着けて、次の駅で娘が二人分のREJSEKORTを持って列車を降りることになった。いざ降りようとすると扉があかない。日本でもそうだが都市部を離れると列車の扉は全て開くわけではない。自分でボタンを押さなくてはならないのだが、ほかの乗客が苦心しているのになかなか開かない。娘が別の車両に移動するところまでは座席で待っている私にも見えた。そのうち発車ベルも鳴らずに列車はまた動き出した。彼女は一向戻ってこない。これは乗り遅れたなと観念し、Odenseでの合流を願うのみとなった。 ところが、15分くらいすると娘は戻ってきた。狐につままれたような思いで事情を聴くと、飛び降りたところにはREJSEKORTのポールが見当たらなかった。彼方プラットホームの端に見つけてダッシュしたが、発車までに戻ってこられそうもないことに気付き、途中で踵を返して再び列車に飛び乗った。するとそこでまた別の検札に捕まった。何とか事情を説明しているところへ第一の車掌も現れ、「そう、この人はCopenhagen駅でタッチし損なって乗ったそうだ」と解説。第二の車掌は「なんとまあ。うーんそれじゃここで腕立て伏せ(push-up)でもしてもらうか?」と冗談を飛ばし、娘は解放された。そのまま座席に戻れば良かったものを、車両を移動するには次々と連結部を通り抜けなくてはならない。一等車の扉を開けて踏み出すことに躊躇い、日本のものとはだいぶ様子の違う自動扉の開閉に戸惑いながら彼女は随分もたついた。それで15分もかかったという。 乗り遅れなかったのは幸いだったが、REJSEKORTをどうしたものかと思案して、Odense Stationに到着したところで、チケットオフィスに出頭して事情を話してみた。窓口の女性は「まあ、そうだったの。でも、ここではどうすることもできないわ。次回から乗る前のタッチはお忘れなく」で一件落着。要するに、罰金なしで外国人旅行客の「うっかり無賃乗車」を大目に見てくれることになった。 これが日本だったらどうか。例えばSuicaで移動する際には、必ず改札を通らなければならない。乗車・降車タッチのし損ないは改札窓口で確認され、不足料金をキッチリ支払わせられる。人間が「どうしたものか」と頭を抱えることもなく、ほぼ何人もコンピュータシステムを欺くことはできない。また、日本ではSuicaのように地域をまたぐ汎用性の高いカードが進化を続けているが、全国共通の「運賃はこれ一枚」と言うREJSEKORTのようなカードはない。(日本にはもう国鉄もない。)国土の面積や鉄道網の広がりが大きく影響することを考慮すれば、それぞれ一長一短と言うべきだろう。
どんなに混んでいてもDenmarkの人々がプラットホームで(様々なカードを)ポールにタッチしているところを目にすると、改札の方が簡単なのではないかとも感じるけれど、駅舎に改札がないのはスッキリと爽快でもある。Denmarkではスマホをポールにタッチしている人の姿は見かけなかった。大小問わずどんな買い物もカード一枚で用の足りるキャッシュレス会計(これは日本でも急速に広まりつつある)といい、このREJSEKORTといい、どちらがより効率的で安全なのか即断はできないが、それぞれの文化が創り出したシステムに乗ることが旅先で求められているのを痛感したのは言うまでもない。 |
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