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徒歩記 2 

本郷の四季」

--Hongo Wonderland--

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4. 聖地

庭園よりも植物園の森よりも、もっと身近にある緑は寺や神社の樹木だ。とりわけ本郷界隈 には季節毎に賑わう聖地が多い。梅の季節にも菊の季節にも参拝者が詰めかけるのが湯島天神。 年末年始から入学試験シーズンの終わる頃まで、引きも切らず受験生が詣でる。菊祭の頃に出 かけてみると、色とりどり形さまざまな鉢が種類毎に姿を競い合っている。園芸でも江戸は有名だったことが偲ばれる。年配の人々が鉢を前に菊談義に余念がない。界隈の銀杏も色づく頃 で、神社の境内にはギンナン売りの店が出ている。大きな鉄鍋に香ばしい香りを立て、ギンナ ンを煎りながらほくほくのエンドウ豆も売っている。名物金太郎飴の袋には霊験あらたかな(?) 「湯島天神合格祈願」のシールが貼られて売れていく。神妙な顔の若者や親子連れが社務所で 各種お守りや合格祈願鉛筆など買っていく。

梅の開花も覚束ない頃、境内の特設台にはもう鈴なりの合格祈願絵馬が架かっている。若い参拝 者たちは自分の書いた絵馬を奉納して満足するばかりでなく、佇んで他人の願い事も熱心に読ん でいる。その参拝客目当てには土産物屋の露天が並び、中には都内唯一を標榜する「昆虫屋」 などという一風変わった店まである。カブトムシやクワガタにコガネムシ、蜘蛛だの蠍までプ ラスチックに閉じこめてキーホルダーにして売っている。恐る恐る「こういうのを買っていく 人がいるのですか」と店主に尋ねてみたら、「いるよ。いっぱいいる。いい魔除けのお守りに なるんだ。一つどうです」と私も緑色のコガネムシを勧められた。日に照らされてよく光る。 400円というので、一つ買ってしまった。その店には全長30センチはあろうかという、インド ネシア産のカミキリムシのつがいが額に入って客を招いていた。私は湯島天神へ行くたびに白 梅より道真公よりあの昆虫屋が気になって仕方ない。天神様の大鳥居は湯島のホテル街に隣接 する土地柄。ここでは聖と俗とが大らかに混じり合う。

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