Home The Site Map Latest Poems Essays Photos Reviews Archives Links BBS
徒歩記 1「本郷菊坂路地めぐり」
        The Amazing Maze
4
ひとしきり看板を読んだ後、ようやく私は一息ついて辺りを見回した。井戸にばかり気をとられていたけれど、路地の一番奥には土地の傾斜に沿うように三階建ての木造家屋が向かい合って二棟立っている。二軒の間には石段があり、それを上ったところに屋根付きの門(冠木門)がある。井戸端からだと見上げる格好になる。思わずため息が出た。このあたりには木造三階建ては珍しくなかったのかもしれない。それでも今も当たり前に人が住み、一葉の頃の井戸から水を汲み上げることのできる一角にあると、その三階建てには独特の味わいがある。立ち去りがたい空気があたりに立ちこめていた。

踵を返して路地奥を抜け出しながら、ここが石畳に覆われた路地であることに気づいた。明治の頃にはむき出しの泥がぬかるんでいたのかもしれない。石を敷き詰めたのはいつの頃なのか、看板には何も書かれていなかった。いわゆる菊坂の「下道」に出たところで塀に「見学は近隣の皆様のご迷惑にならないようにお願いします」という教育委員会の注意書きが貼り付けてあるのに気づいた。そうか、本郷の表通りのどこにも麗々しい一葉旧居跡への案内図が出ていないのはこういう訳だったかとようやく分かった。

私はしばらくどちらへ行こうか決めかねていた。とにかく菊坂を全部下りてみなくてはと下道の方をもうしばらく行くと、風呂屋の前に出た。「菊水湯」と書いてある。ひと頃まではどこにでもあった銭湯がこのところめっきり数を減らしている。まだ暖簾は出ていない。正面から見上げるとなかなか立派な飾りの透かし彫りが掲げてあり、屋号の付いた瓦もある。青空ににょっきりそびえ立つ煙突も立派だ。風呂屋の前には小さな床屋がある。狭い路地にそうして二軒が向き合っているところは「よう、兄弟」といった雰囲気だ。

< Previous

Next >


ホームへ

「本郷菊坂」写真ページへ