Home The Site Map Latest Poems Essays Photos Reviews Archives Links BBS
徒歩記 1 「本郷菊坂路地めぐり」
        The Amazing Maze
5

菊水湯に背を向け、下道から菊坂への階段を上ったところが丁度「伊勢屋質店」だった。初めはそれが一葉ゆかりのとも思わず、ただ古びて堂々とした土蔵に引き寄せられたのだった。久々に出た陽光と風を入れようと一階二階とも観音開きの土蔵の窓は開け放たれ、中にはぽつりと電灯がともっているのが見えた。既に質屋の商いを畳んだ後の母屋と土蔵は二階の高さの廊下でつながっており、二つながら明治の風情をそのままに残す。

 説明板によれば伊勢屋は万延元年(1860)に創業し、昭和57年(1983)に廃業とある。「店の部分は明治40年に改築した。土蔵は、関東大震災後塗り直したが、内部は往事のままである」との説明に続けて、一葉の明治26年(1893)5月2日の日記からの引用が続く。

此月も伊せ屋がもとにはしらねば事たらず、小袖四つ、羽織二つ、一風呂敷につつみて、母君と我と持ちゆかんとす。

   蔵のうちにはるかくれ行くころもがへ

一葉から春を隠し、一家の命をつなぎもした伊勢屋の土蔵の前で、実に不思議な心持ちがした。貧困、病苦、不遇を超えて、一人の女性が書いた文章は平成15年(2003)の今も鮮やかだ。

< Previous

Next >


ホームへ

「本郷菊坂」写真ページへ