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徒歩記 1 「本郷菊坂路地めぐり」
        The Amazing Maze
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谷底の路地からゆっくりと段々を踏んで坂を上り詰め、逍遙旧居跡のプレート前で振り返ると、懐古調の街灯が階段際につき出していた。坂の上は真砂町。文京区立真砂中央図書館がある。ちょっと休憩しようと冷房の中に入ったら、一気に汗が噴き出してきた。カウンターで図書館向かいにある古めかしい屋敷は誰のものなのか尋ねてみたが、その館員は「よくいろいろな人に聞かれるのですけれど、知らないんです」と申し訳なさそうにする。長屋門に格子窓さえ付いた、時代劇にでも出てきそうな構えをしたその屋敷には説明板もないところから見ると、人の住まう家と言うより他ないのかもしれない。(後日「諸井邸」と判明。)坂の上と下には画然と文化の違いがあるようだ。

かくて旧真砂町の「文京ふるさと歴史館」前を通り、春日通りを超え、弓町基督教会、樹齢六百年の大楠の前を歩くと壱岐坂に戻る。東洋学園大学からは東京ドーム、後楽園遊園地、高層ビルである東京ドームホテルや文京シビックセンターがよく見える。本郷通りから新壱岐坂を下って白山通りに流れ込む車は引きも切らない。徒歩で訪ね歩く町とは全く違うスピードと物量が行き交う。街の通りは生き物の血管にもなぞらえられる。大動脈もあり静脈もある。さしずめ路地は毛細血管というところだろう。
 
1985年以来この街に通っていながら日々の多忙を理由に、最近まで私は本郷界隈の魅力を十分には味わっていなかった。思い立って町歩きを始めたのは、数年前病を得て築地にある病院へ通い始めた頃からだ。築地場外市場のエネルギッシュな朝の風景に圧倒された。狭い路地にひしめく鮮魚や乾物を商う店、行き交う買い物客、売り手と買い手の景気よい掛け合い。そんなものを端で眺めていると、アジア的混沌の活気がこちらにもビンビン伝わってくる。私は病気を忘れて思わずデジタルカメラのシャッターを切っていた。通院の度に築地から浜離宮、銀座、勝鬨橋、隅田川、月島界隈など、いずれも東京に住んでいながらじっくり眺めたことのなかった場所を私は体力の許す限り少しずつ歩いては、写真を撮って回った。元気いっぱいの時には気づかなかった街の表情がよく見えるのも不思議な感覚だった。目の前に繰り広げられる情景に反応することで、生きている実感を確かめていたのかもしれない。私は地元、東京の街の多彩な相貌に強く引きつけられた。

 

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