Home | The Site Map | Latest | Poems | Essays | Photos | Reviews | Archives | Links | BBS |
徒歩記 1 「本郷菊坂路地めぐり」
The Amazing Maze |
8
|
そして思い出すのは、初めて海外に出たときの震えるような胸の高鳴りと驚きの数々だった。1979年の夏、私はアイルランドのダブリンへ行き街中を歩き回った。作家James
Joyceが"Dear, Dirty, Dublin"(「愛しい、汚い、ダブリン」)と呼んで生涯書き続けたあの街。私は二度と訪れることのないかもしれない街に限りない愛着を覚えた。知る人もなく、ただ作家の描いた街に惹かれて飛んでいったDublinは、どんな風光明媚な場所より今も深く胸に刻みつけられている。
だがこうして自分の今いる場所を改めて眺めると、どんな異国の街にも劣らず心そそられるものがある。知らずに通りすぎるにはあまりに惜しい。一旦気づくと本郷はその界隈はもちろんのこと、そこを起点にした四方八方の徒歩圏に瞠目すべき場所がいくらでもある。見方一つで名もない路地すらかけがえのない物語を秘めていることが分かる。街自体を「歴史の野外博物館」という向きもあるが、私は "The amazing maze"(「驚嘆すべき迷路」)と呼びたい。菊坂を訪ねた後に一葉の作品を紐解けば、僅か24年の生涯大半をこの街に過ごした作家の息遣いが、新たに生き生きと蘇ってくる。 初出 東洋学園「研究室だより 35」2003年12月1日発行 |