New Zealand紀行
「光を観に行く」
初出 田崎清忠催
Writers Studios
2018年 4-5月

写真ページ / Photos
Traveling in
New Zealand

New Zealand紀行

「光を観に行く」

1 海外旅行に行く理由 (1) (2)
2 降っても照っても (1) (2)
3 氷河と銀嶺 (1) (2)
4 カーヴする鉄路 (1) (2)
5 よみがえる街角 (1) (2)
6 海へゆくもの (1) (2)

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5 よみがえる街角

K. Kitada

(1)

観光旅行に出ると私たちは“spectacular”(あっと驚く壮観)なものや“picturesque”(絵のように美しい)ものを求めたがる。「観光旅行」を英語では“sightseeing”というくらいだから、“sight”「(驚くべき)眺め」を追い求めて進むことに咎はない。けれども「旅」自体は客人・異邦人として未知なる体験と、思いがけない遭遇を重ねながら先へ進むことであるなら、たとえ期待通りの展開がなくてもあらゆる瞬間を新鮮なものと感じ取れるはずだ。観光旅行にこそ「なんでも見てやろう」精神が息づくと思いたい。

移動に明け暮れた一週間の後、私たちは丸一日をChristchurchの街で過ごした。南島全人口の7割(約34万人)が集中するというChristchurchは、北島のAuckland, Wellingtonに次ぐNZ第三の都市である。街の真ん中には広々としたHagley Parkがある。早朝の公園を犬と一緒に散歩する人たちに混じって、若い女性が片手で乳母車を押しながらジョギングで通り過ぎていった。公園の中央を流れるAvon川ではオールで漕ぐボートだけでなくPunting(平底船を長い竿で操って進む)も楽しめる。Canterbury Museumといい、Queen Victoria広場といい、まるでイギリスの箱庭のような造作である。その広場の斜向かいにあるのがCathedral Square(大聖堂広場)。旅行者の足はここで止まる。

私たちは最初、街の中心部を巡回する路面電車の窓から大聖堂を見た。路面電車を降りたあと、改めて大聖堂に近付いてみた。ぐるりと周囲の塀に沿って歩き回るだけで中に入ることはできない。2011年にこの地を襲った震災の後、大聖堂のレンガは崩れたままだ。あれから7年というのは、東日本大震災と同じ。この街で28名の日本人学生が災害の犠牲になった。

思えば往路、Air New Zealandの機内は日本人の高校生でいっぱいだった。複数の学校が春休みを利用して修学旅行に、語学研修に、またスポーツ交流のためにNZへ向かうところだった。(私の出身高校の制服姿もいた。)生徒たちには微笑ましいものを感じながら、引率の先生たちには「ご苦労様です!」とある種の感慨を抱かずにいられなかった。高校生の訪問先としてNZは確実に復活しているとも思い、また団体旅行でNZへ行くという選択に豊かさと勇敢さの両方を感じたからだ。同時に、若者が海外へ集団で行くのか?日本語を話しながら?という天邪鬼な感想も抱いたのではある。

地震がなければChristchurchは何処も目の覚めるような美しさだっただろう。現在もショベルカーが唸り声を上げる街角は埃っぽく、未だに復興途上にある。その光景が、絶えず地面を掘り返している東京の街中のことと、昨年初めて訪れた南三陸の浜辺を私に思い出させた。東京に増え続ける海外からの観光客、東北の被災地へ赴く旅行者、そして道行く観光客の傍らで工事を続けるChristchurchの人々、皆それぞれの人生を生きている。そう思うと、踏みしめる大地は海を隔ててもどこかでつながっているような気がしてくる。海外旅行をすることは故郷を振り返る契機でもあるのかと、その時あらためて感じた。

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