SHORT ESSAYS
An Essay on Klara and the Sun |
カズオ・イシグロの
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これは、2025年2月14日に東洋学園大学「ことばを考える会」より出版された、シリーズ『ことばのスペクトル システムと多様性』(鼎書房)所収の一編をウェブ版として公開するものです。
カズオ・イシグロの「クララとお日さま」が問いかけるもの 北田敬子
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7. クララと心 かくて人間たちの思惑や、男性と女性の縺れた関係性が次々に示されることでクララはヒトの心理について学んでいく。街ではポールとクララが他の人たちを離れて二人でドライブする機会がある。直接的には環境汚染の元凶とクララが目した「クーティングス・マシン」一台をポールと共謀して破壊することが重要なエピソードとして含まれている。だが、それに先んじてポールとクララは人の心についてこのように語り合う。
ここで明らかになるのは、ロボットが捉えた「心」の定義であると同時に、クララに付与された言語能力と思考力の実際であろう。情報収集が先行するにしても、得てきたデータをわがものとして思考する(ように見える)活動を行う。さらにクララに加えられているのは、観察対象に対する心情的な思い入れだろう。それをヒトが共感や情緒と名付けるか否かは別として、心を学ぶことは心に寄り添うことであるというメッセージをこの表明からくみ取ることが可能なのではないか。つまり、カズオ・イシグロは「心」を学べるAFには「心」が備わっていることとしようという設定をしたと理解してよいのではないかと思われる。 小説につきものの、人間同士の心理的葛藤が『クララとお日さま』ではどう描かれているのだろうか。将来を誓い合ったという割に、ジョジーとリックの関係は淡白なものである。リックは病むジョジーの元をしばしば訪れ、彼女が描く人物画像に「吹き出し」の台詞を書き込むというゲームに延々と付き合う。時にリックが癇癪を起して見舞いが途絶え、クララがジョジーの使者として仲介に乗り出すこともある。だが二人の関係にもまして重要なのは、リックがクララを背負って草原のマクベインさんの納屋へ送り届けるという行為であり、クララの必死なジョジー救済の欲求の方であろう。
このような祈りと太陽エネルギーの関係を証明するものは何もない。「祈る」という他力本願の宗教的行為が功を奏するなら、科学技術や医療への現代人の信頼や依存など如何ほどのものだろう。だが、一つ言えるのはヒトの思惑とは別のところに気力や活力を支えるものがあるかもしれないという「希望」をAFが持ち込んできたということである。人々はクララが「希望」を口にするとき、ヒトには見えない何かをAFが見て予見しているのかもしれないと期待する。よもやお日さまとの約束だの、お日さまの親切などがAFの秘密だとは想像もしていない。 クララの祈りと願いがジョジーの回復という形で奇跡的な成就を見た後、クララは報われるのだろうか。ジョジーを助け、見守るというクララのミッションへのヒトの側からの応答ないし感応はあるのだろうか。この小説を概観する限り、殆ど無いに等しいと言わざるを得ない。健康になったジョジーは同世代の友人たちとの交流に忙しく、もはやクララの助けを必要とはしなくなる。友人たちがしばしば泊まりに来るようになってジョジーの寝室にクララの居場所はなくなり、クララは家屋の中の物置を自分の居場所に定める。それを知ったジョジーがこの「秘密基地」に太陽好きなクララのために、物の配置を変えて高窓から外が見えるようにしてくれるのがせめてもの思いやりと言ったところだ。
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An Essay on Klara and the Sun -7
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